8 わが庵は都の辰巳しかぞ住む 世をうぢ山と人はいふなり


喜撰法師
六歌仙の一人。

One of the Thirty-six Poetry Immortals.


現代語訳
私の庵は、都である平安京のはるか離れた東南にあるため、心静かに暮らしている。なのに、皆は私が人々とのお付き合いがわずらわしい(憂し)と思い、そんなところに住んでいると言っているようだ。

There is my hermitage in Southeast far from the capital Heiankyou, so I live in quiet. But even so People think that I live such a place because of I feel of worry about social Relationship.


文法・語
「辰巳」-東南の方向。定家が後鳥羽院のことを思い隠岐の方角を示す歌を選んだとも
「しか(然)」-このように(心静かに)。山奥なので「鹿」に掛けたとも言われる。十二支の辰・巳・馬とくるところを「鹿」と中国の故事を念頭に歌ったのではとも(『史記』にある「指鹿為馬(しかをさしてうまとなす)」)
「うぢ」-「宇治」(現在の京都府宇治市)と「憂し」の掛詞
「人」-世間一般の人のこと